こども社長の魔法のブログ

(株)ケイピーエス代表取締役角田恭平による音楽・ライブハウス・人生の読み物

私が京都でライブハウスを経営しなければいけなかった理由

京都にGROWLYというライブハウスをオープンさせて2018年4月で6周年になります。

まだまだ志半ば、道の途中ですが、約6年前の決意、そして行動は間違ってなかったと思っています。

27歳にして数千万円の借金を抱えて、熊本出身ながら京都にライブハウスをオープンさせた男の物語です。

 

 

きっかけ

WHOOPEE'Sの閉店

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今から6年と5ヶ月前、僕が店長として務めていた京都祇園のライブハウス、WHOOPEE'Sが突如閉店しました。
僕が務め出してから約6〜7年くらいしかWHOOPEE'Sの歴史を知りませんが、WHOOPEE'Sは25周年を迎えた歴史あるライブハウスでした。

WHOOPEE'Sが閉店すると決定してから閉店するまで、1ヶ月しかありませんでした。

その短い期間で、多くのアーティストの方々が最後にWHOOPEE'Sで何かやりたい!とおっしゃってくれたので、予め決まっていたイベントの他にもどんどんイベントも決まり、日数が足りないので平日に2本営業をする等して、日常業務だけでも寝る暇がほとんどないくらい忙しい日々でした。

さらには閉店した以降のイベントを何とか開催すべく、他のライブハウスに電話してスケジュールを押さえたりを平行して進めていたので、閉店した後の自分の仕事の事なんて何も考えられませんでした。

目まぐるしく業務をこなしてるうちに、あっという間に2011年8月25日を迎え、WHOOPEE'Sは25年余りの歴史に幕を下ろしました。

 

閉店した後に聴こえた声

閉店の日を無事に終えた後は、数日間頭が空っぽになりました。

しかし徐々に、忙しかった日々が終わった開放感と、守る場所が無くなった虚無感が戦い始めました。

そして頭の中で、「このまま終わって良いのか?」という声が聴こえました。

(比喩表現です。実際は聴こえてません。念のため。)

とにかく、今後の自分の生き方を考える必要がありました。

 

3つの選択肢との葛藤 

自分の将来を考えていく上で、まずは3つの選択肢が浮かび上がりました。

それらを一つ一つ吟味していきました。

 

京都の他のライブハウスで働く

まず一番最初に浮かんだ選択肢は、今ある京都のライブハウスで働かせてもらうことでした。

もちろん京都にはWHOOPEE'S以外にも素晴らしいライブハウスがたくさんあります。

そこで働かせてもらうことは、自分がWHOOPEE'Sで培ってきたことを活かせると思いました。

 

大学か専門学校に行って新しい知識を学ぶ

立命館大学に4年通ったものの単位が足りずに卒業出来ず退学し、そのことをどこか後悔していました。

なので次に浮かんだ選択肢は、大学か専門学校に行って新しい知識を学び、それを活かした新しい職業に就くことでした。

27歳までで出会えなかった職業や気付けなかった才能に気付けるかもしれないなと思いました。

 

熊本に帰って就職する

京都にいる理由も無くなったので、生まれ故郷の熊本に帰ることも選択肢の一つでした。

熊本には実家もあるので住む場所には困らないし、実家から通える範囲の職場を探すことも考えました。

 

結論:自分で作ろう

と、色々な選択肢を天秤にかけ考えましたが、今まで培った経験/知識/繋がりを0にする生き方はやはり選べませんでした。

一番近い選択肢は"京都の他のライブハウスで働く"でしたが、WHOOPEE'Sが担っていた立ち位置と全く一緒のライブハウスは、当然ながら該当しませんでした。

同じ京都という場所で、同業種でお互い棲み分けをしていたので、当然のことです。

 

なので、「大切な場所が無くなったのなら、新しくその場所を作ろう」と考えました。

そう考えたら居ても立ってもいられなくなり、会社の立ち上げ方を一から調べ、動き始めました。

 

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京都にこだわった理由

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バンドマンとしての経歴は京都で培われた

僕は高校まで熊本で育ち、大学進学の為に京都へ引っ越して来た田舎者です。
最寄りのライブハウスまで片道1時間半くらいかかるくらい田舎だったので、高校時代にライブハウスに行ったのは両手で数えれるほどです。片手くらいかも。
なので、僕のライブハウス経験はほぼ全て京都で培われました。

京都という土地にいるからこそ、僕の経験は生きると考えました。

 

居場所をなくしたバンド達

WHOOPEE'Sがまだギリギリ営業していた8月でも、バンドマンは先のスケジュールを考える必要があります。

今まであった場所が無くなるわけですから、次からどこでライブをしようとか、みんなが集まる場所が無くなって寂しいという声が聞かれました。

大きなお世話かもしれませんが、そういうバンドの居場所を再び作らなければいけないと思いました。

 

京都には全国から若者が集まって来る

京都はくるりや10-FEET、最近では岡崎体育など、数々の大物アーティスト・バンドが京都出身であるのと同時に、日本有数の"大学生の集まる街"でもあります。

"大学生が多い都道府県ランキング"では5位!(平成25年度調査) 参考URL

"人口に占める大学生数の割合が高いランキング"ではなんと1位!!(平成27年度調査) 参考URL

 

かく言う私も、大学進学で京都に来た身です。

大学の軽音系サークルでバンドを結成し、オリジナル楽曲を作ってライブハウスのステージに立つ大学生がもの凄く多い印象です。

GROWLYに始めて出演するバンドの半数以上がそれに該当します。

大学生という若い世代のバンドが多く集まる京都という土地を、大切にしたいと思いました。

 

大阪の隣

京都はある程度都会である反面、地方でもあると思っています。

大阪の心斎橋に行くといつも、この環境は羨ましい、むしろズルいって思います。

東京にも名古屋に対しても、嫉妬する環境です。

だからと言ってみんなが都会に出てしまうと、京都にバンドが来てくれなくなるし、京都のバンドも居なくなってしまいます。

だから意地張って、京都という土地を盛り上げていかなければいけないと思っています。

京都だって、大都会に勝てるポテンシャルはあると信じてます。

 

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会社をやる上で大切にしてること

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とまぁそういうわけで、ライブハウスを作るために会社を設立した訳ですが、やるからには今までより良いライブハウスにしたい。

どういう会社、どういうライブハウスにしていくかを考えました。

 

バンドを応援する時に感じていた矛盾

WHOOPEE'S時代も、若いバンドを応援する立ち位置でした。

しかしイベントやツアー制作に力を入れれば入れるほど、ある矛盾を感じてました。

それは、「応援するだけして、もしこのバンドが売れなかったら、僕は責任が取れるのだろうか?」という矛盾です。

だから、自分の言葉や行動に責任が取れる会社にしようと思いました。

具体的に言うと、雇用の創出・拡大もこの会社の使命であると考えました。

 

企業理念

この会社が、社会においてどのようなことを成し遂げていくか。

会社を立ち上げる時に、企業理念を3つ作りました。(こういう公の場で書くのは初めてです。)

一つの言葉に色んな意味を込めてるので短い文章で説明するのは難しいですが、書いてみたいと思います。

 

一、文化発展の中心になる

ここは敢えて"音楽"ではなく"文化"という言葉を使いました。

音楽だけでなく、絵や写真、映画、演劇等。

なかなかお金という価値にするには難しいこれらの"文化"たちを発展させ、それを日本全国、全世界に発信し、波紋の様に広げていく

その中心地になるような会社にしていきたいと思いました。

 

一、その文化に触れる・携わる全ての人を幸せにする

波紋の様に広がっていく文化に触れる人

そして広げていく作業に携わる人。

表現者、それを受け取るお客さん、そしてその間を繋ぐ我々の様な裏方。

その全ての人が幸せになる様な会社にしていきたいと思いました。

 

一、今までに無い存在になる

"音楽業界は食えない"というステレオタイプを変えたいし、その為には今まで他の人達がやってきたことをなぞるだけの会社ではなく、唯一無二の存在になりたい。

僕が"お金の流れ"にこだわって考えるのもその為です。

CDが売れない時代と良く言われます。

そう言う時代だからこそ、現場の人間が"お金の流れ"を意識しないと、この業界がどんどん厳しくなってしまうので、新しい風を取り込むことが必要だと考えました。

 

GROWLYに託した想い

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GROWLYって変な綴りで良く間違われるんですが、ちゃんと意味が有ります。

栄光の"GLORY"にWHOOPEE'Sの"W"を入れ、成長の"GROW"の意味を加えて"GROWLY"

という綴りにしました。

WHOOOEE'Sという過去

成長という現在

そして栄光という未来

GROWLYという名前にはそういう、表現者が通過していく場所になって欲しいという想いが込められています。

(ロゴにもその想いが込められていて、王冠、成長、"W"が入っています。)

 

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まとめ

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相変わらずまとまりのない文章になってしまいましたが、理由・きっかけなんていくつもあるし、やりたいこともたくさんある!一つじゃない!と思って書きなぐったブログになってしまいました。

 

「私が京都でライブハウスを経営しなければいけなかった理由」を要約すると、

「京都という場所に思い入れがあるのと同時に、変えていきたい現状があるから、意地を張る決意をした」という感じです。

数千万円の借金をしてライブハウスを作ったんですが、もちろんそのリスクに見合う決意をしたので、その借金に対してはあまり気にしてません

(まだ全然返済出来てないので、たまに借金残高を見てエグいなぁとは思いますが。笑)

 

WHOOPEE'Sが閉店したその日まで、まさか自分が社長になるなんて考えもしてなかったです。笑

やるからにはちゃんとやろうと思ってます。

これからも頑張っていきます。

 

 

GROWLYが2018年4月で6周年を迎えます。 

www.kyoopees.net

 

タイムテーブルについて書いた記事。

www.kyoopees.net

 

チケットに関して書いた記事。 

www.kyoopees.net

 

最後まで読んで頂いてありがとうございました!

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